フィリピンの実質ベーシックインカム:海外送金に支えられるもう一つの国家構造

フィリピンの実質ベーシックインカム:海外送金に支えられるもう一つの国家構造

ベーシックインカム(BI)という言葉を聞くと、多くの人が「国家がすべての国民に定額を給付する制度」と思い浮かべるだろう。日本でも度々議論にあがるが、財源や公平性の面で実現は遠い未来の話だ。

ところが、フィリピンでは政府が用意した制度ではないにもかかわらず、実質的に“準ベーシックインカム”が機能しているという事実をご存知だろうか。これは政府の政策ではない。世界中に散らばった海外フィリピン人(OFW)とその子孫によって支えられている、血縁ベースの「分散型福祉モデル」である。

海外からの送金と現物支援:年間12兆円規模の民間ベーシックインカム

OFWとは? 比僑とは?

フィリピンでは数十年にわたって、出稼ぎ文化が根付いてきた。看護師、介護士、家政婦、建設作業員、IT技術者など、あらゆる分野でフィリピン人は海外で活躍している。彼らは“OFW(Overseas Filipino Workers)”と呼ばれ、現在、世界中に1000万人以上が存在するとされる。

筆者はこのグローバルなネットワークを「比僑(ひきょう)」と呼んでいる。これは華僑(中国系海外移民)に倣った造語で、国家という単位ではなく、民族・血縁によって経済圏を形成している集団である。

フィリピンへ流れ込む“見えない富”

中央銀行が記録している正規の送金額は年間約5兆円(2024年)。しかし実態はそれを大きく上回る。GCASHなどの電子送金、現金の手渡し、バリクバヤンボックス(海外からの物資)、さらには医療費や学費の代替支出まで含めると、実質的な年間支援額は12兆円規模に達していると推定される。

これはフィリピンの名目GDP(約50兆円)の約4分の1に相当する。しかも、これは“国が稼いだ金”ではない。すべて“外の血縁”が運んできたものである。

ちなみに正確なデータが存在しない為、上記の数値はあくまでも推測となることをご容赦願いたい。しかしながら筆者の世帯は実際に海外からの支援を定期的に受けているのでデータには一切現れない実際の状態をかなり近い所まで推測できると思う。

妻の親族もアメリカ、カナダ、オーストラリア、ドバイ、日本、ブルネイなどにいる。実際に海外の親族から支援を受けているが送金以外の支援がとても多い。送金とは別に1年ほど前に娘はアメリカにいる祖母から15万円相当のノートpcを買ってもらった。また習い事(バイオリン月15000円)もアメリカの祖母が全額支援してくれている。またアメリカの親戚から定期的に大量の食品やアイテムが送られてくる。そういったものは一切カウントされていない。

ちなみに、海外在住のフィリピン人ネットワーク(比僑)の驚くべき実態についてはこちらの記事でも解説しているので併せて読んでいただきたい。

フィリピンの本当の経済力とは(フィリピン経済帝国の真実)

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どれくらいの世帯が支援を受けているのか?

実態:受益者は全体の50%、つまり1,250万世帯

フィリピン全体の世帯数は約2,500万。政府統計では明確な数字は存在しないが、現地での生活体験や観察を通じて、約50%の世帯が、何らかの形で比僑ネットワークから支援(海外送金もしくは仕送り)を受けていると推測する。

一方、残りの50%は海外との接点がなく、仕送りも支援も受けられない完全な“国内孤立層”である。これらの層はスラムに暮らし、衣食住さえままならない状態にある。

支援を受けている世帯の月額平均は8万円

上記の推測を基に話を進めると、先ほど述べたとおり、年間支援総額は12兆円。これを1,250万世帯で均等に配分すると:

  • 年間支援:960,000円/世帯
  • 月額支援:80,000円/世帯

これは、フィリピン人の平均月収(約4.5万円)を大きく超えており、実質的な生活の中心収入源となっている。

支援は均等ではない:「血縁カースト」による偏在

比僑支援の4層構造

この12兆円は均等に配られているわけではない。以下のような明確な階層が存在している:

世帯割合 月額支援 年間支援 特徴
上位層 10%(250万世帯) 約25万円 約300万円 アメリカ・カナダ・オーストラリアなどの高所得国での医師・看護師・技術者が親族
中位層 25%(625万世帯) 約4万円 約48万円 中東・アジア(日本含む)などの欧米と比べ一段階給与水準の低い国での家事手伝い、英語教師などが親族
下位層 15%(375万世帯) 約8,000円 約9.6万円 海外で働いているが不安定な職についている(断続的な送金、不定期な援助)親族
非比僑層 50%(1,250万世帯) 0円 0円 海外での親族なし・支援なし。自力での生活が困難な極貧層

見た目では分からないこの“階層差”

街を歩けば、スラムに住んでいるのに最新のiPhoneやエアコン付きの部屋を持つ家庭がある。逆に、職業を持っていてもまともに昼食すら食べられない人もいる。その違いを生むのが、まさに「比僑ネットワークとの縁があるかどうか=海外で働いている親族がいるかどうか」なのだ。

制度なき国家福祉、比僑による非公式ベーシックインカム

国家は関与していない。だが実質機能している

フィリピン政府はベーシックインカムの制度も設計も持っていない。だが結果的に、

  • 世帯の50%に毎月8万円相当の支援
  • 医療費・学費・食費・家電・通信までカバー

という“非国家型ベーシックインカム”が、完全に民間(しかも海外)によって成立している。

他国と比較すると…

日本ではベーシックインカム構想の試算として月7万円〜10万円程度が提案されているが、現実には財源不足・不公平感などの問題で進んでいない。だがフィリピンでは、政府の力を一切借りず、海外に散らばった“血縁ネットワーク”が、それを実現してしまっている。

まとめ:見えざる国家のかたち

フィリピンという国の“本当の姿”を理解するには、GDPや貧困率だけでは不十分である。国家の中に、国家ではない“比僑経済帝国”が存在し、そこから血縁ベースで生活保障が成されている。

これは新たな国家像の一つかもしれない。地図にはないが、確かに機能している。税もない、法律もない、制度もない。あるのは「家族」と「海外からの絆」だけ。それでも月8万円が届き、家が建ち、病院に行ける。

比僑によるこの支援構造は、今後ますます強まり、国家の役割を凌駕する日が来るかもしれない。

この記事を書いた人

福田 圭亮

(越境ECサイト制作エンジニア・フリーランス)

フィリピン在住。
海外経験8年以上、エンジニア歴5年以上。
元トップセールスマン(NTTネット回線販売で全国1位)
エディオンで17店舗のエリアマネジャーを経験
海外在住の強みを活かし、越境ECサイト・多言語サイトの構築を専門としています。
企画・デザイン・開発・翻訳・マーケティング支援まで一貫対応。
東南アジアマーケット(特にフィリピン)に精通しています。
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